よくある誤解とQ&A

はじめに

これまでの記事(01.国債発行とは?02.複式簿記による説明03.信用創造とは?)では、会計的事実と歴史的データに基づき、以下の事実を確認してきました。

  1. 国債発行は通貨発行である(政府の赤字=民間の黒字)。
  2. 自国通貨建て国債で財政破綻はあり得ない
  3. 政府の制約は「お金」ではなく「供給能力」である

しかし、これらの事実は、私たちが普段ニュースや新聞で目にする「常識」とは大きく異なります。 本記事では、世間で広く信じられている「財政に関する誤解」を取り上げ、これまでの会計的事実に基づいてQ&A形式で解説します。

多くの誤解は、「家計(通貨の利用者)」の感覚を、そのまま「国家(通貨の発行者)」に当てはめてしまうことから生じています。

誤解①:「国の借金は『将来世代へのツケ』である」

【主張】 「借金はいつか返さなければなりません。今の世代が楽をするために国債を発行すると、その返済負担で将来の子供たちが苦しむことになります。」

【事実(反論)】 国債発行は「将来への負担」ではなく、将来への資産の継承です。

  • 国債=民間資産: 記事01・02で見た通り、国債発行残高は、そのまま民間部門の資産残高です。国債を残すことは、将来世代に同額の金融資産を残すことを意味します。
  • 償還=通貨消滅: もし国債をすべて償還(完済)してしまうと、民間から通貨が消滅し、経済活動ができなくなってしまいます。
  • 真のツケとは: 将来世代にとって本当の「ツケ」とは、お金(国債)の問題ではありません。緊縮財政によってインフラが老朽化したり、教育・研究への投資不足で技術力が低下したり、「供給能力」が毀損されることこそが、将来世代を貧しくする真のツケです。

誤解②:「このままだと日本は財政破綻する(ギリシャのようになる)」

【主張】 「日本の借金はGDP比で200%を超えており、世界最悪レベルです。このままではギリシャのように財政破綻します。」

【事実(反論)】 現行制度の下で日本が財政破綻(デフォルト)に陥る確率は極めて低いと考えられます。

  • 自国通貨建て国債の安全性: 日本国債は100%日本円(自国通貨)建てで発行されています。日本政府(と日銀)は通貨発行権を持っているため、返済不能になる可能性は理論上きわめて小さいとされています。これは財務省も公式見解として認めています。
  • ギリシャとの違い: ギリシャが破綻したのは、自国で発行できない「ユーロ建て(実質的な外貨建て)」で借金をしていたからです。通貨発行権のないギリシャと日本を同列に語ることはできません。
  • パラドックス: 記事01のデータが示す通り、国債発行を抑制してきた日本(2.00倍)の方が、積極的に発行してきたアメリカ(6.83倍)より も対GDP比が悪化しています。これは、緊縮財政が経済成長(分母のGDP拡大)を阻害し、結果として債務比率を高めてしまった可能性を示唆しています。

出典: IMF - World Economic Outlook Databases (2025年10月版)

誤解③:「お金を刷りすぎるとハイパーインフレになる」

【主張】 「いくら破綻しないからといって、無制限に国債を発行すれば、通貨の価値が暴落してハイパーインフレになります。」

【事実(反論)】 インフレ率は「需要」と「供給」のバランスで決まります。

  • 供給能力の制約: 記事03で解説した通り、政府支出の限界は「供給能力」です。供給能力を超えて無理やり需要を作れば、確かに激しい物価高騰になります。 そもそも、民主主義国家には国会の予算審議という強力なブレーキがあります。平時に供給能力を無視した無茶な予算が通ることはまずあり得ません。
  • ハイパーインフレの主因: 歴史上のハイパーインフレ(戦後ドイツやジンバブエなど)の主因は、戦争や内政混乱による供給能力の物理的な破壊です。単にお金を刷ったから起きたわけではありません。
  • 現在の物価高: 現在の日本の物価高は、景気が良くて需要が増えたからではなく、輸入価格の上昇などで強制的に値上がりしている**不景気の中での物価高(悪いインフレ)**です。 この状況で「物価が上がっているから」と財政を絞って投資を怠ると、国内でモノを作る力がさらに弱り、輸入品への依存度が高まって、かえって将来の物価高騰を招いてしまいます。 今こそ政府が投資して国内の供給能力(エネルギーや食料自給率など)を強化することが、根本的な対策になります。

出典: 総務省統計局「消費者物価指数」 / FRED “Consumer Price Index for All Urban Consumers (CPIAUCSL)”

誤解④:「税金が財源である(税収の範囲で支出すべき)」

【主張】 「入る量(税収)を増やしてから、出る量(支出)を決めるのが筋です。税収の範囲内でやりくりすべきです。」

【事実(反論)】 国家財政においては、順序が逆です(スペンディング・ファースト)。

  • 支出が先、徴税は後: 政府がまず支出(通貨発行)を行うことで、民間に通貨が供給されます。民間はその通貨を使って納税します。政府が支出する前に、民間は納税するための通貨を持っていません。
  • 支出が先、徴税は後: 政府がまず支出(通貨発行)を行うことで、民間に通貨が供給されます。民間はその通貨を使って納税します。政府が支出する前に、民間は納税するための通貨を持っていません。
  • 税の役割: 税金は「財源確保」のためにあるのではありません。主な役割は以下の通りです。
    1. 景気の調整(ビルト・イン・スタビライザー): 景気が過熱したら税収が自動的に増えて通貨を回収し(インフレ抑制)、不況時は税収が減って通貨を残す。
    2. 格差是正: 所得再分配機能。
    3. 政策誘導: 炭素税やタバコ税など、特定の行動を抑制・推奨する。

誤解⑤:「国債発行は金利急騰(クラウディング・アウト)を招く」

【主張】 「政府が大量に資金を借りると、民間の使えるお金がなくなってしまい、金利が急騰して民間投資を圧迫します。」

【事実(反論)】 国債発行によって民間の資金が枯渇することはありません。

  • 民間預金の増加: 記事02の複式簿記で証明した通り、国債発行による政府支出は、同額の民間預金を「新たに生み出し」ます。資金を吸い上げるのではなく、供給しているのです。
  • 金利制御: 中央銀行(日銀)は、国債買い入れオペレーションなどを通じて、金利を政策目標に合わせてコントロールすることができます。実際、日本は巨額の国債を発行していますが、長期金利は低位で安定しています。

出典: 財務省「金利情報(長期金利推移)」

誤解⑥:「生産性の高い分野に投資を絞るべき(選択と集中)」

【主張】 「財源は限られているのだから、成長産業や生産性の高い分野に特化して投資を行う『選択と集中』をすべきです。」

【事実(反論)】 政府の役割は、むしろ「生産性は低いが必要な分野」を支えることです。

  • 政府の役割(市場の失敗の補完): 民間企業は「短期的に利益が出る(生産性が高い)分野」には自発的に投資します。政府が担うべきは、民間が参入しにくい**利益は出にくいが、社会存続に不可欠な分野(インフラ、防災、基礎研究、ケア労働など)**に資金を供給することです。
  • 多様性と安定性: 特定の産業だけを優遇する「選択と集中」は、産業構造の多様性を損ない、外部環境の変化に対する社会の回復力(レジリエンス)を低下させるリスクがあります。
  • 憲法との整合性:
    • 財政民主主義(83条・86条): 財政は国民の代表である国会の議決に基づいて行われるべきものであり、一部の産業や利益集団のみを優遇する恣意的な「選択と集中」は、財政民主主義の精神に反する恐れがあります。
    • 生存権(25条): 「生産性が低い」とされるケア労働や防災インフラは、国民の生存権を保障する基盤です。効率性を理由にこれらを切り捨てることは、憲法が定める国家の責務(国民の生命と財産を守る)を放棄することに他なりません。

誤解⑦:「構造改革や規制緩和で経済成長できる」

【主張】 「既得権益を打破し、規制緩和や構造改革を進めれば、イノベーションが起きて経済成長します。」

【事実(反論)】 デフレ下での構造改革は、経済を悪化させる誤った処方箋です。

  • 処方箋の誤り(インフレ対策とデフレ対策の混同): 構造改革は「供給能力の強化(効率化)」を目指す政策です。需要過多(インフレ)でモノが足りない時には有効ですが、需要不足(デフレ)でモノが売れ残っている時に供給力を高めても、デフレギャップ(需給の差)を拡大させ、価格競争と賃金低下を招くだけです。デフレ下で必要なのは、供給側の改革ではなく、需要(財政支出)の創出です。
  • 経済安全保障のリスク: 無秩序な規制緩和や民営化は、水道・電力・通信といった重要インフラや、先端技術を持つ企業が外資に買収されるリスクを高めます。これは国家の自律性を損ない、長期的な国益を流出させる「経済的侵略」につながりかねません。
  • 破壊の側面(シュンペーターの誤用): 「創造的破壊」という言葉が好んで使われますが、デフレ下では「創造なき破壊」になりやすいのが現実です。既存産業や地域経済という供給基盤を一度破壊してしまうと、再構築には長い年月とコストがかかります。経済成長は、既存の供給能力を活かしつつ、安定した需要によって投資を促すことで達成されるべきものです。

誤解⑧:「高齢化で社会保障費が増大し、財政が破綻する」

【主張】 「高齢者が増えすぎて、社会保障費が膨張しています。現役世代の負担は限界であり、給付カットや負担増が必要です。」

【事実(反論)】 ここで焦点となるのは「お金」ではなく「供給能力(人手)」です。

  • お金の問題ではない: 自国通貨建て国債を発行できる日本政府においては、資金面の制約よりも供給能力の制約の方が政策判断で重視されます。したがって、金銭的な意味で社会保障制度が破綻する可能性は低いと考えられます。
  • 真の問題は「供給能力」: 本当に懸念すべきは、「お金が足りない」ことではなく、介護や医療を提供する人手や設備(供給能力)が足りなくなることです。
  • 処方箋: 「財源がない」と言って予算を削り、介護・医療従事者の賃金を抑制すれば、人手不足はさらに悪化し、サービス供給そのものが崩壊します。解決策は、積極的に財政を出して従事者の待遇を改善し、人手(供給能力)を確保・維持することです。

まとめ

本記事では、財政に関する8つの誤解について解説しました。

これらに共通するのは、「財源(お金)の制約」という誤った前提にとらわれ、「供給能力(ヒト・モノ・技術)の制約」という真の課題を見落としている点です。

「お金がないからできない」という思考停止から脱却し、「必要なモノやサービスを供給する能力はあるか?」「どうすればその能力を維持・強化できるか?」という機能的財政論の視点に立つことが、日本経済再生の第一歩となります。