複式簿記

はじめに

元記事「国債発行とは?」では、国債発行が実質的に通貨発行(民間預金の増加)と同義であることを、会計恒等式に基づいて説明した。

本記事では、その会計的メカニズムを複式簿記の視点からより詳細に解説する。各経済主体の貸借対照表の変化を追うことで、国債発行から民間預金増加までの一連のプロセスが、会計的に必然であることを示す。

登場する経済主体

本記事では、以下の4つの経済主体を扱う。

  1. 政府
  2. 日本銀行(中央銀行)
  3. 民間銀行
  4. 民間部門(企業・個人)

国債発行から民間預金増加までのプロセス

  1. 銀行が国債(新規発行国債)を購入すると、銀行保有の日銀当座預金は、政府が開設する日銀当座預金勘定に振り替えられる
  2. 政府は、たとえば公共事業の発注にあたり、請負企業に政府小切手によってその代金を支払う
  3. 企業は、政府小切手を自己の取引銀行に持ち込み、代金の取立を依頼する
  4. 取立を依頼された銀行は、それに相当する金額を企業の口座に記帳する(ここで新たな民間預金が生まれる)と同時に、代金の取立を日本銀行に依頼する
  5. この結果、政府保有の日銀当座預金(これは国債の銀行への売却によって入手されたものである)が、銀行が開設する日銀当座預金勘定に振り替えられる
  6. 銀行は戻ってきた日銀当座預金でふたたび国債(新発債)を購入することができる

出典: 財務省「国債等関係諸資料」 / 日本銀行「Payment and Settlement Systems Report」

1. 銀行が国債(新規発行国債)を購入すると、銀行保有の日銀当座預金は、政府が開設する日銀当座預金勘定に振り替えられる

政府

資産 金額 負債 金額
日銀当座預金 +100 国債 +100

民間銀行

資産 金額 負債 金額
国債 +100
日銀当座預金 -100

2. 政府は、たとえば公共事業の発注にあたり、請負企業に政府小切手によってその代金を支払う

政府

資産 金額 負債 金額
公共事業費(費用) 100 政府小切手 100

民間部門(企業・個人)

資産 金額 負債・純資産 金額
政府小切手 100 売上(収益) 100

※「売上(収益)」は、貸借対照表上では最終的に純資産(利益剰余金)の増加として扱われる。

3. 企業は、政府小切手を自己の取引銀行に持ち込み、代金の取立を依頼する

民間部門(企業・個人)

資産 金額 負債 金額
普通預金 +100
政府小切手 -100

民間銀行

資産 金額 負債 金額
政府小切手 100 普通預金 100

4. 取立を依頼された銀行は、それに相当する金額を企業の口座に記帳する(ここで新たな民間預金が生まれる)と同時に、代金の取立を日本銀行に依頼する

(※ ステップ3で銀行側の記帳は完了しているため、ここでは日銀への取立依頼プロセスへ進む)

民間銀行

資産 金額 負債 金額
日銀当座預金 +100
政府小切手 -100

5. この結果、政府保有の日銀当座預金(これは国債の銀行への売却によって入手されたものである)が、銀行が開設する日銀当座預金勘定に振り替えられる

日本銀行(中央銀行)

資産 金額 負債 金額
日銀当座預金(民間銀行) +100
日銀当座預金(政府) -100

政府

資産 金額 負債 金額
日銀当座預金 -100 政府小切手 -100

最終的な変化のまとめ(ステップ1〜5の合計)

一連の取引が完了した後の、各経済主体の貸借対照表の変化(純増減)は以下のようになる。

主体 資産の変化 負債の変化 純資産の変化 備考
政府 (なし)※支出により減少 + 国債 - 純資産 負債が増加し、純資産が減少(赤字)
日本銀行 (なし) (なし) (なし) 政府預金と民間銀行預金の間で振替が行われたのみ
民間銀行 + 国債 + 預金 (なし) 信用創造(資産と負債が両建てで増加)
民間部門 + 預金 (なし) + 純資産 資産(預金)が増加し、純資産(利益)が増加

参考: 内閣府「国民経済計算(SNA)」

ここで重要なのは、政府の赤字(純資産の減少)が、そのまま民間部門の黒字(純資産の増加)になっているという点である。 「売上(収益)」が相殺されずに残るのは、それが民間の富(純資産)として蓄積されたことを意味する。

6. 銀行は戻ってきた日銀当座預金でふたたび国債(新発債)を購入することができる

上記の「民間銀行」の欄に注目すると、**日銀当座預金(準備預金)の変化は「±0」**である。

  1. 国債購入時(ステップ1)に日銀当座預金が減少する。
  2. 政府支出の受取時(ステップ4〜5)に日銀当座預金が同額増加して戻ってくる。

したがって、銀行の手元には当初と同額の日銀当座預金が還流しているため、これを元手に再び新規発行国債を購入することが可能である。 このメカニズムにより、国債発行が市中の資金(銀行の原資)を枯渇させることはない。

補論:国債償還と民間預金の減少プロセス

元記事「国債発行とは?」では、「国債償還を行えば民間預金が同額減少する」という事実が示された。 これも複式簿記を用いて確認することができる。ここでは、税収を財源として、民間銀行が保有する国債を償還するケースを考える。

1. 政府が税金を徴収する

民間部門が税金(100兆円)を支払う。

民間部門

資産 金額 負債 金額
普通預金 -100

民間銀行

資産 金額 負債 金額
日銀当座預金 -100 普通預金 -100

政府

資産 金額 負債 金額
日銀当座預金 +100

(※日銀の貸借対照表上は、民間銀行の預金から政府の預金へ振替が行われる)

この時点で、民間預金は減少している

2. 政府が国債を償還する

政府は、徴収した税金(日銀当座預金)を使って、民間銀行が保有する国債を償還する。

政府

資産 金額 負債 金額
日銀当座預金 -100 国債 -100

民間銀行

資産 金額 負債 金額
日銀当座預金 +100
国債 -100

最終的な変化(ネット)

主体 資産の変化 負債の変化 結論
民間部門 - 預金 (なし) 民間預金(通貨)が縮小した
民間銀行 - 国債 - 預金 バランスシートが縮小(信用収縮)
政府 (なし) - 国債 政府債務が消滅した
日本銀行 (なし) (なし) 変化なし

このように、政府が借金(国債)を返済すると、他の取引が無い限り民間のお金(預金)が縮小するという事実が、複式簿記によって確認できる。

参考: 内閣府「国民経済計算(SNA)」

補論2:なぜ国債は「借換」され続けるのか?

上記の通り、国債を償還(完済)すると、他の資金循環が無ければ民間部門から通貨(預金)が目減りしてしまう。 経済成長には通貨量の拡大が必要であるため、通貨を目減りさせる「国債の完済」は、需要面の下押し要因になり得る。

そこで、現実の政府が行っているのが**借換(Refinancing)**である。

借換のメカニズム

借換とは、満期を迎えた国債を、税収ではなく**新規国債の発行(借換債)**によって調達した資金で償還することである。

  1. 新規国債の発行: 政府が新たな国債を発行し、銀行が日銀当座預金で購入する。
  2. 満期国債の償還: 政府が調達した日銀当座預金で、銀行が保有する満期国債を償還する。

このプロセスを簿記的に見ると、以下のようになる。

民間銀行

資産 金額 負債 金額
国債(新規) +100
国債(満期) -100

銀行の資産の中で、古い国債が新しい国債に入れ替わるだけであり、民間預金は減少しない。 これにより、政府は債務を維持(または拡大)しながら、民間部門の通貨量を減らすことなく経済運営を続けることができる。

「国の借金は将来世代へのツケ」と言われることがあるが、会計的な実態としては、**「国債発行残高=民間部門の資産残高」**であり、国債を持ち続ける(借り換え続ける)ことは、民間の資産を維持することと同義なのである。